37歳離れた「スーさんとネモちゃん」の中国囲碁旅行は、
いったんはじまったら途中から時間がぐんぐんスピードを
あげてすぎていった。
帰りの飛行機では、マグネットの碁盤をトレーにおいて
隣同士で対局に没頭した往路とはちがって、2人とも
目を閉じてしずかに過ごした。
隣からはかすかに寝息が聞こえるが、僕は心地よい疲れを
感じながらも眠ることはなく、旅の印象的なシーンを
思い返していた。
離陸直後に対局を始めた僕らが、すぐにスチュワーデスに
怒られて小さくなったこと。
鈴木さんのおかげで現地の駐在員に歓待されるも、歳が
離れすぎて僕がMR.Nemotoだと気づかれなかったこと。
中国囲碁界のレジェンド、陳祖徳九段の隣で夕食と会話
を楽しんだこと。
その時はもちろんだが、四半世紀が過ぎた今でもどれも
はっきり思い出せる。
旅は家につくまでとはよく言ったもので、今回は成田空港に戻って
おしまい、とはならなかった。
「えっ根本君は車で来てるのかね。それじゃねぇ、
申し訳ないけど家まで送ってもらえるかな」
空港まで自分の車できていたので、大船にある鈴木さんの自宅まで
送っていくことになった。だいぶ遠回りになるが、面倒ではなかった。
どこかでもう少しこの旅を続けていたいと思ったのかもしれない。
飛行機の隣の座席や、対局しているときも互いの距離は近いのだが、
マイカーの空間はひとあじちがった。
それは、不思議と心地よい緊張感をともなう近さだった。
きっと、この一週間、寝食と盤上盤外を一緒に過ごしたからだ。
あのときは愉快だったなぁ。あれは美味しかったのう。とつづく
感想のやりとりが、車が鈴木さんの家に近づくにつれて、そして旅が
ほんとうの終わりに近づくにつれて、どんどんボルテージを
あげていった。
玄関から出てこられた奥様に初めて挨拶した。
温和な表情と語り口のむこうに芯の強さがうかがえる方だった。
鈴木さんに聞こえないように声のトーンを落として言った。
「楽しい旅行だったようですね。主人の顔を見れば
わかりますよ」
奥様の目が少しいたずらっぽく笑った。
言われてすこし嬉しくなった。
囲碁という不思議な魅力をもつ道具によって、ふだん
経験できないような旅ができたことは幸せだった。
思えば仕事中の一本の内線電話から始まった、
僕の「最初の夏休み」が終わった。
記:根本
*いまの囲碁教室で満足できない貴方へ
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