笑顔の風景(6)

シニアは集まるのが早い。
そう思っていたが昨日は様子が違った。

水天宮前の碁会所で、会社OB 33名が集まる大会が
午前11時から始まる予定だった。

平均年齢は80歳近い。なかには90歳の人もいる。
3ヶ月に一度のこの大会を楽しみに遠く秩父から
かけつける常連もいる。

だが開始10分前になってもまだ2人しか来ない。
早朝の台風直撃で交通機関が大きく乱れていた。

3人目に江戸川区に住むHさんが登場した。

「いやー久しぶりに満員電車に乗ったよ。
何本待っても乗れないから、ちょっとだけ足をいれてなんとか。
死ぬかと思った」

笑っているが決して大げさではない。
脳梗塞の後遺症で杖をついている。

「駅の改札入るまでに1時間かかった。暑かったなぁ」

11時を過ぎると1人、また1人と笑顔で登場する。

いつもの倍、3倍の時間をかけてやっとの思いで着いたはずだが、
不思議とそれほど疲れた様子はない。

同じ経験をした仲間に会えて嬉しいのだろう。

期せずして扉があくたびに注目が集まり、到着するメンバーを
拍手で迎えるかの雰囲気になってきた。

「君はどうやってここまできたの?」
「いやー〇〇線が動かないんで、□□まで歩いてね」

ちょっとした武勇伝が披露される。
話すほうも訊くほうも楽しそうだ。

「こんなに電車が混乱するなら中止にしたのですが…」

頭をかく幹事だが、このメンバーに周知するのは簡単ではない。
メールを使わない人もいる。毎回ファックスや電話、時には手紙で
案内を送り、返事を確認する幹事の苦労は大変なものだ。

「SさんとTさんに途中で電話したんだけど出ないんだよ」

2時間ほど遅れて到着したメンバーが言う。

「あっ着信ありますね」とSさん。

スマホを持つシニアは増えたが、着信に気づかないことも
多い。そもそも「持ち運べる公衆電話」の感覚の人もいて
電話に出ることが少ない。

「ちょっとビール頂戴!」

カウンターに声をかけて、着くなり飲み始める人がでた。
大会は規模を小さくして1時間遅れで始まったが、今日は特別、
最初から宴会気分だ。

ランチタイムをすぎて2局目が始まったころ、新たに登場する人は
さすがにいなくなり、場はようやく落ち着きはじめていた。
皆それぞれの対局に集中している。時計の針が2時を指しそうな
そのとき、また扉が開いた。

「いやー4時間かかっちゃったよ」
Wさんだ。

「えーっよく来たねー」
対局中の人も驚きの眼差しをむける。

「中止の連絡がこなかったから、来ちゃったんだ」
いつも笑顔だが、さらに顔をくしゃくしゃにしている。
三鷹に住むWさんが家を出たのは9時50分。
駅構内に入るまでに2時間以上待ったという。

よりによってこの日東京は、今夏の最高気温を記録した。
炎天下で待つのは87歳の身にはこたえただろう。
だが彼も疲れたそぶりを見せず、すぐ楽しそうに打ち始めた。

今日は集うのがいつもよりずっと大変だった。
そのぶん、メンバーの笑顔は、いつもより輝いていた。

記:根本

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