最初の夏休み(5)

話は前回より一日前、我々一行が北京についた日にさかのぼる。

ツアーの宿泊先は乗ってきた航空会社が運営する日系ホテルだ。
フロントでもロビーそばの売店でも普通に日本語が通じる。

部屋は鈴木さんと同室となった。ミニ冷蔵庫をあけてみて驚いた。
コーラが¥20、ビールは¥30とある。

「さすが中国ですね。びっくりするぐらい安いです」

鈴木さんに話かけるもすぐに間違いに気がついた。
中国の通貨「元」も記号が¥なのだ。
円と同じく発音がもとになっている。
日本円にするには14倍しないといけない。

夕食は中国側を代表する陳祖徳九段らと一緒だった。

「根本君はこっちに座りなさい」

レストランにはいると、どこに座るか逡巡する他のメンバーとちがい
鈴木さんはすぐに陳九段をはさむように席をとって僕を呼んだ。
テーブルは中国なので大きな円形だ。

陳祖徳九段。
中国の囲碁事情に詳しくない僕でもその名前は知っている。
中国棋院の院長であり中国囲碁会のレジェンドだ。

中国ではじめてプロになり、はじめて日本の九段を互先でやぶり、
そしてあの「中国流」を創った。

サッカーファンがペレと食事をするようなものなのだが、思ったほど緊張しなかった。
陳九段の流暢な日本語と穏やかな語り口、何より謙虚な人柄が
自然とそうさせたにちがいない。

名刺交換では、印刷された名前の横にその場でサインをしてくれた。
日本のファンを歓迎するこうした陳九段の細やかな気遣いは、数日間の滞在中
ずっとかわらなかった。

勧められるがまま紹興酒をあけたので、弱い僕はあっという間に赤くなる。
当然酔っているはずだが、そんな自覚もないほど感激の夜になった。

部屋にもどりテレビをつけるとサッカーの試合結果を放送している。
どうやらスポーツニュース番組のようだ。

次の瞬間、目を疑った。
囲碁が放送されている。今日の対局結果とその様子の映像だ。

ーあれっスポーツ番組じゃないのか。

そう思うのも無理はない。だが囲碁のあとは卓球と続いた。
ここ中国では50年以上前から、囲碁は正式な体育、つまりスポーツだ。
日本だと身体を動かすものがスポーツとよばれるが、ここでは頭も体の一部ということだろう。

そう、僕はスポーツ交流をしに北京まで来たのだった。

記:根本

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