あれ、これ昨日読んだ本に出てきた店じゃないのか。
小雪ちらつく小諸の町を、ダウンのポケットに手をつっこみながら
散歩していたとき気がついた。
お店の前には、この店が藤村ゆかりの店であるパネルが出ていた。
たしか京都の平八茶屋は夏目漱石が小説「虞美人草」でとりあげているし、
瓢亭は谷崎潤一郎の「細雪」に登場した。そんな名店にちょっと背伸びして
ランチで伺ったことはある。
だがここ揚羽屋は、名前が一瞬登場するほかのお店とはちがった。
旅のお供につれてきた藤村の「千曲川のスケッチ」には店の様子が
くわしく描かれていた。
この店から歩いて2,3分のところに、藤村が6年間暮らした家のあとが
記念碑として残っていた。エッセイにはこうあった。(一部中略)
私が自分の家からこの一ぜんめし屋まで行く間には大分知った顔に逢う。
せっせと着物をこしらえる仕立屋が居る。カステラや羊羹を売る菓子屋の
夫婦が居る。のれんを軒先にかけた染物屋の人達が居る。按摩を渡世に
する頭を円めた盲人が居る。人の好きそうな顔を出す鳥屋の隠居が居る。
その先に一ぜんめしの揚羽屋がある…。
僕はいったん宿にもどって本をひろげこの記述を確認したあと、
店と記念碑の間を数度いったりきたりした。
残念ながら、菓子屋も仕立屋も染物屋も、それらしい店は今はない。
だが明治から大正に時代がかわろうとした112年前、
たしかにここにそんな賑わいがあった。
たしかにこの道を藤村は何度も何度も通ったのだ。
情景を思い浮かべ歩く時間は、旅から偶然もらった宝物となった。
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