過ぎたるはなお及ばざるがごとし

過ぎる、というのは良くないことです。

だって、過ぎるって言っちゃってるからね。

なんでもちょうどよさが肝心です。

 

最近打った指導碁でこんな局面が出てきました。

 

白△と打ったところで、黒1とさらに広げました。

しかし、白2と中央にワリウチ(?)をされると、到底取ることはできなさそうです。

黒×の石は9間も離れていますから、あまりにも風呂敷が大きすぎます。

 

これはよくある三連星の手です。

 

この手は、右上、右下隅の星が10間も離れているので、この間をつなげるために真ん中に配置しておくわけですね。

逆に白にこのあたりにワリウチされると、もう大きな黒地が見込めないのはみなさまも経験的にご存知でしょう。

 

したがって、前図のような中央の碁でも、ちょうどよく連携できるような幅を探して、中央に芯を入れるべき局面でした。

 

隅や辺だと、定石や頻出の形である程度「ちょうどよい」手を打つことができますが、こと中央になると急にロマンを求めがちになります。

ついつい、理想や欲望に引きずられて、ほどほどの感覚を忘れがちになるので、気を付けましょう。

 

ところで、本題は碁の内容についてではないのでした。

本稿の対象は「教える人」へです。

 

ついつい「教えすぎる」先生がいます。

もちろん、良かれと思っての行為ですが、すぐにその先生の理想と生徒の現状とのギャップにお互いが苦しむことになります。

 

囲碁AIにある局面の「次の一手」を調べさせれば、もっとも勝率が良いと思われる一手を指し示すでしょう。

しかし、人間最高峰の棋士でも意味を理解することが困難であるケースはたびたびあります。

 

私がある局面の「次の一手」を問われれば、その人の棋力・知識に応じて説明を変えます。

その人が次のステップに進むためのイメージを描いて、情報を小出しにしていく。

すぐに理想にはたどり着けませんから~。

 

そんなわけで、上達の約束は「すべてをみなさんにカスタマイズ」してきますよ! ←これを言いたかった。

 

記 村上深

2件のコメント

  1. こんにちは
    いつも興味深く、見させていただいています。
    私の所属する囲碁サークルでも、ある指導者Aさんは棋力アマ5段程度の優秀な方です。初級者同士の対局を見ていて、よく口出しをします。
    対局者の多くは、その助言について行かれず、結局何を言っているのかわからない。
    Aさんは、自分のレベルでしか言えないのですね。
    「教えすぎる」方は、どこにでもいそうです。

    1. コメントありがとうございます。

      親が子に口を出したくなるように、どんな場面でもどんな時も黙って見守るというのは難しいのは昔からでしょうね。
      黙る、とまではいかなくても、適度に話をする(=適切な量を話す)というのが難しいからこそ、指導者の腕が問われるものと言えそうです。

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