もっとボケよう(5)

囲碁が縁で親しくさせて頂いている89歳のIさん。
とにかくユーモアの引き出しが多い。
いつでもどこからでも飛びだしてくる。

自宅でパソコンを教えていたときのことだ。
席をたとうとするも、スリッパが片方見当たらない。
それに気づいたIさん、即座に

Where is my slipper !

両手を広げてにっこりおどけてみせた。
ヘップバーンの映画のラストシーンを拝借した「ボケ」なのだが、
僕はその映画を知らず即座につっこめなかった。

先日自宅にIさんご夫婦をお招きした。
門から玄関に入るまえ、駐車場をつくるかわりに3坪の庭で
小さな家庭菜園を楽しんでいますと説明したとたん、

「庭は三坪。それでも青空を仰ぎ永遠を思うに足る」

ぽつりとつぶやいた。

「でしょ」とニコニコしながら眼が同意を求めている。
作家・徳富蘆花の有名な言葉とあとで知った。

4人で昼食を楽しんで食後にデザートの果物を
食べているときだった。

つれが、
「この人は自分で皮をむくのが面倒だといって、
苺とかサクランボとか皮がないものばかりほしがるんですよ。
ほんとめんどくさがり屋ですよね」

と僕をダシに奥様に同意を求めた。
そのとき横からIさんが驚くべき一言を発した。

「あれっ皮のある果物なんてありましたっけ」

テーブルの上の時間が一瞬とまった。
となりのつれもどう反応していいか戸惑っている。

これはいつものユーモアから発展したボケなのか、
それとも大真面目に言ってるのか、わからず混乱した。

普段、身の回りのことから何でも奥様がやってしまって
いるのを見てきていた。

それにしても果物の皮を見たことがないとは、いや、
いくらなんでも…。

「あら、ほんといやだわ。この人ったら何言ってるのかしら。
りんごだって柿だって皮があるでしょう」

奥様はあきれ笑っている。
真面目にたしなめているということは、もしかして…。

「あれっそうでしたっけ」

何事もなかったように平然と答えた。

ユーモアの達人が発した言葉の真意は
まだつかめていない。

記:根本

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