朝は6時に目が覚めた。すぐにカーテンの外を見る。
既に空は明るくなりはじめていた。遠くに見える山が朝陽に
照らされて大地から赤く浮かびあがっている。
30分ほどするとドアがノックされた。
モーニング珈琲が届いたのでびっくりする。車内アナウンスが
あったのかもしれないが、聞き取れないのでこの列車、この部屋
のサービス内容がまったくわかっていない。
驚けるぶんお得かもしれない。
昨晩と同じ席、同じメンバーでゆっくり朝食をとってから
部屋に戻るとベッドが片付いていた。これも軽いサプライズだった。
昼前に列車はついに「ナラボー平原」に突入した。
東西1200kmにわたる広大な平原は、ラテン語で
「木がない」という意味の名前がつけられている。
朝がたはまだ山や木などが見えたが、いまは時折ソルトブッシュ
という低木がある程度で、それ以外はずっと雑草まじりの
赤土の大地が地平線まで広がっている。
昼食前の30分間、僕はこのまったく変化のない車窓を
ただじっと眺め続けた。この一瞬を大事にしたかった。
それから夕方までの7時間、車窓はずっと同じだった。
昼食のとき、僕ら4人のテーブルでは世界最長直線のことが
話題にのぼった。それを体感したくて単身ここまで来た、
と僕も話にくわわる。このエッセイの最初の回で書いた小学生時代の
くだりは、英語ではうまく話せなかった。
シドニー在住のシニア、テリーは陽気でよくしゃべる。
40歳以上離れているが、そんな年の差はまったく感じない。
「ほらAKIRA、あそこ見ろ」
テリーが指さす先では、カンガルーの親子が飛び跳ねていた。
いよいよこれから478kmの最長直線が始まる。
直線だと東京から姫路ぐらいまでの区間、ずっと「まっすぐ」だ。
だが車窓が変わらないので直線区間にはいったという実感がない。
どこかで止まらないかなと思っていたら、給油で「クック駅」
に停車した。誰かが乗降りする気配はないが、車掌に聞いたら
少しなら外に出てもいいというので列車から降りてみた。
「おおっ!」
思わず声が出た。
右を見ても左を見ても、いま来た線路もこれから行く線路も、
ずうっと地平線までまっすぐ続いている。
こんな景色は見たことがない。
見える限りの先は、どれぐらい離れているのだろう。
10K、20k、いやもっとかもしれない。
360度見わたすかぎり、建物はもちろん山や木も何もない。
もし遠い未来に火星や金星に列車を走らせることが出来たら
こんな風景なのだろう。
列車から離れ少し平原を歩いてみたかったが、何時に出発するのか
聞いてこなかったので自重した。
「すごかったなぁ」
部屋にもどって自分に話しかけた。
今みたものを、そのままあたたかいうちに、思う存分話したい。
そういえばこの列車で日本人は見かけない。
また窓にへばりついて、かわらぬ光景を目で追い続ける。
しばらくするとドアがノックされた。
アフタヌーンティーだ。
ウェルカムドリンク、モーニング珈琲に続いて3度目の
来訪なのでもう驚かない。
と思ったら、車掌はティーポットとクッキーをテーブルに
置いたあと、にっこり笑ってポケットから石ころを
取り出した。
「Fossil」
化石だ。
石ころだと思ったものは、ムール貝がそのまま石になったような
ものだった。先ほど線路わきで見つけたらしい。
こんな荒野のど真ん中で貝の化石?
思わぬプレゼントをもらったこと、それが貝だったこと、
双方のびっくりでうまく言葉が出ず、ただ笑顔でサンキューとしか
言えなかった。
ずっと大事にしよう。
温かいティーを飲みながら、手のひらサイズの貝の化石を
じっくりながめた。
だがこの化石は、数か月後、ただの石と間違えた掃除中の母に
捨てられてしまった。
いまは記憶の中で輝いている。
記:根本
*世界の車窓から
https://www.tv-asahi.co.jp/train/contents/world/0130.html
*いまの囲碁教室で満足できない貴方へ
究極の個人レッスンを目指す『上達の約束』
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