以前住んでいたマンションは五階建てで、上から見ると
ロの字型、中庭を廊下がぐるっと囲む珍しい形をしていた。
4階にある自宅の玄関は東向きだった。晴れた日の朝、
ドアを開けると眩しいくらいに朝陽が差し込んだ。
出勤するつれが家を出るタイミングで僕も廊下に出て、
昇りかけの太陽に向かって背伸びをするのが常だった。
つれには朝のライバルがいた。上の5階の反対側から
元気よく学校に出かける10歳ぐらいの男の子だ。
だいたい週に2回ぐらいは、2人がほぼ同じタイミングで
廊下を歩きだしてエレベーターホールに向かう。
反対側に見えるお互いを意識して、どちらもだんだんと
早歩きになる。いそがしい朝にエレベーターを一本
見送るのは痛い。
軽く体操をしながら時折起こる2人の珍競争を見守るのが
密かな楽しみだった。
ある日、彼女がいつものように玄関を出て歩き始めると
少し遅れて小学生も家から出てきた。だが今日はつれの圧勝で
勝負にならない。2人はたがいに気づいてなかった。
エレベーターに乗る前、つれがこちらに手を振った。
いってきます!
いってらっしゃい。
背伸びを途中でやめて僕も手を振った。
その時だった。
ホールめがけて一目散に歩いていたランドセル姿の
男の子が、たちどまって僕に向かって手を振ったのだ。
ずっこけた。
彼からはつれが見えなかったので
僕が彼に手を振ったのだと思ったのだ。
見ず知らずの大人でも、手を振ってくれれば振りかえす。
そんな素直さに驚くも、一瞬おくれて笑いがこみあげた。
―何で俺が小学生に手をふらなあかんねん…。
なぜか大阪弁で自問自答する。
さっき手をふったとき。
それは人知れず僕が「ボケた」瞬間だった。
記:根本
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