最初の夏休み(3)

社会人になって初めて知った言葉に「カバン持ち」がある。

どこから見ても新入社員というストライプのネクタイを
しめる僕は、恰幅がよく余裕をただよわせる鈴木さんの
「それ」に見えるにちがいない。

空港のツアー集合場所には、シニア男性が15,6名と
日本棋院の職員と棋士の信田六段、さらにツアコンの女性1名が
集まっていた。若い男性は僕だけだ。

「鈴木さまはいらっしゃいますか。お荷物お預かりします」

とつぜん本当にカバンを持ってくれる人があらわれた。
ツアーの担当者かと思ったが、航空会社の女性職員だ。

鈴木さんは手慣れた様子で荷物を渡し、僕も一緒にくるように
手招きした。わけがわからずついていく。

仕事で頻繁にニューヨークを行き来しているので
このエアラインのお得意様のようだ。ツアーなのにこういう
こともあるのだと感心する。

慣れない場所できょろきょろしながら、ラウンジで
静かなひとときを過ごした。

「根本君、この席ひさしぶりで愉快だよ」

20年ぶりのエコノミーだそうだ。僕にあわせてくださった
のかと最初勘違いをしたが、ちがう。機内で対局したいのだ。
狭いエコノミーのほうが隣同士の間隔が狭い。

僕は事前の指示どおり、マグネットの碁盤を機内に
もちこんでいた。

「もう水平飛行じゃろう。さっ早く、盤を出しなさい。盤を」

横を見ると、大変失礼ながらゲートに入ったばかりの競走馬
のようである。鼻息が荒い。早く走り出したくて仕方がないのだ。
機はやっと離陸してまだ1、2分しかたっていない。
窓の外は雲の中。体重がまだかなり背中にかかっている。

「えっ、まだ全然水平じゃないですよ。もう少し待ちましょう」

至極まともな返答をしたつもりだった。

「何を言っておるんだ。もう水平飛行じゃ」

語気が強くなった。囲碁で怒らしたら、日本で右に出る者はいない。
仕方がない。そっとトレーを出して碁盤をセットした。
横を向きながら離陸直後の機上対局が始まった。

「お客様、まだトレーは出さないでください。危険です。
ただちにもとにお戻しください」

案の定、すぐスチュワーデスが飛んできた。
いい大人の2人が、小学生のように怒られた。

素直に小さくなっている鈴木さんの横で
僕は笑いを押し殺すのに必死だった。

記:根本

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